スペイン自転車巡礼2018-⑯ サンティアゴ巡礼報告会
10月20日日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会主催による「サンティアゴ巡礼報告会」が下北沢タウンホールで開催されました。まずプログラムのタイトルを紹介します。
「フランス人の道自転車巡礼」
「スペイン巡礼1500km・50日の旅」
「巡礼者は幸いである」
「フランス人の道制覇を目指して」
「ムシアの岬に着くまでの6年間について」
「ミニ地球」
発表者は、桜美林大学の大学生男女2名、転職を機に旅した30歳前後の男女、60歳前後の男性2名、そして私でした。最初のテーマが私のものになります。口述原稿を準備していたのでそれを下記に紹介させて頂こうと思います。発表ではアドリブを多用したので後半はチンチンのベルに押されて端折ることになりましたことをお断りしておきます。
挨拶
本日は、「フランス人の道 自転車巡礼」に関する発表の機会を頂き、「日本カミノ・デ・サンチャゴ友の会」関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。
これから巡礼される方、あるいは過去に巡礼された方々がお集まりのことと存じますが、私の経験したことの一端をご紹介させていただこうと思います。
私はクリスチャンではありません。ということなので巡礼の道では少し居心地が悪そうな気がしたのですが、スペインの文化に触れる旅がしてみたくて、古希の一つのイベントとして計画しました。
1 行動の概要
2 こんな準備で
以下のような準備をして現地に向かいました。
まず「NHKのまいにちスペイン語」で、食べる、寝るに必要な言葉を勉強しました。覚えが悪いので動詞は「現在形」だけでやりくりすることになりました。
次に自転車はヤフオクでTREK―FX7.4というクロスバイクを購入し、少し乗り馴れてから現地に向かいました。
旅の様子はいろいろな方のブログを参考にし、夏暑く、冬寒い、という現地の気候を考え、旅行期間を5月中旬からと決めました。
準備のために「日本カミノ・デ・サンチャゴ友の会」の「相談デスク」と「ワンコイン・チャルラ」を利用させてもらいました。これらの勉強会は具体的なイメージ作りに役立ったように思います。
本年2月に入って「スカイチケット」で格安航空券を、「レールヨーロッパ」でTGVの乗車券を、「ブッキングコム」でフランスでの宿の手配をしました。
パリ往復の航空券は6万円くらいからありますが、安全性を優先し往復13.5万円のANAを選びました。
飛行機による輪行を確実にするためANAに自転車を梱包したサイズを事前に連絡しました。また自転車は出発前日に羽田国際空港の手荷物預かり所に預託しました。
1ヶ月前から携行する品をリストアップし、それらの重量を量り、空輸する場合の重さと自転車で走る場合の重量を決めていきました。迷ったときには持って行くことにしたので持ち過ぎだったように思います。
3 パリからサン・ジャン・ピエ・ド・ポルまで
羽田空港からドゴール空港までは順調なフライトでした。ドゴール空港からモンパルナス駅までバスに乗りました。(17ユーロ)モンパルナス駅に着くと小雨が降っていました。近くにあるはずのホテルの場所が分からず大きな荷物を持って歩き回りました。通行人に道を尋ねても英語が通じません。SIMがないのでスマホが使えません。30分くらい歩き回り自力で行くのをあきらめタクシーに乗り何とかホテルにたどり着きました。(20ユーロ)
翌朝6時前にモンパルナスの駅まで歩いてみると5分くらいの距離でがっくりきました。ホテルの玄関前で自転車を組み立て輪行袋に入れ、段ボール箱は通りかかったゴミ収集車に処分をお願いしました。
午前7時過ぎにホテルからモンパルナス駅に向かいました。TGVの構内に入る前にチケットと荷物検査がありました。
TGVの発車ホームが分からないので駅員に尋ねると「ブルーダイヤ」に20分前に示されると言います。意味不明の言葉に戸惑いました。
午前9時35分にブルーの電光掲示板にバイヨンヌ行きの発車ホームが示されると乗客が動き始めました。私の指定席は先頭車両でした。輪行袋、キャリーバッグ、リュックサックなど30キロあまりの荷物を持って、後尾車両から先頭車両まで10両近くの距離を急ぎ足で歩くのは大変でした。
TGVの中で昼食時間になりました。多くの乗客はめいめい持参したランチパックで食事をしています。準備のない私は空腹を抱え、ひたすら我慢することになりました。
午後1時47分にバイヨンヌ駅に到着しました。時刻表を見るとサンジャン・ピエド・ポル行きは、列車からバスに変更になっていました。
午後2時32分発車時刻の20分前になりました。でも何の案内もありません。不安になり駅員に訊くと、駅を出て左手で待て、と言います。駅から出て左側を見ると、乗客の乗ったバスが発車直前でした。慌てて荷物をトランクルームに放り込み、乗車して事なきを得ました。
バスが発車するといくつかのロータリーで方向を変えながらバスは山間の道をどんどん進みます。午後4時少し前にサン・ジャン・ピエ・ド・ポルの町に到着しました。バスの停留所からホテルまで重い荷物を持って石畳の坂道をふらふらしながら上がることになりました。
4 とりあえずスタート地点に到着
「ジート マキラ」というオステルにチェックインすると、巡礼事務所に向かいました。持参した「友の会のクレデンシャル」を見せながらサンチャゴに自転車で向かうことを告げると、愛想のない態度になりました。他の人と同じように「アルベルゲのリスト」と「地図」が欲しいとお願いしたのですが、もらえたのはアルベルゲのリストだけでした。
市内散策と夕食を終えると宿に戻り自転車を組み立てました。飛行機輪行用に完全に分解していたので組み立てるのに結構時間がかかりました。
5 初日の出来事
5月16日午前7時に朝食を済ませ、午前8時頃に宿を出発しました。SIMを購入していないのでスマホのグーグルが使えません。自動車道を探してウロウロしていると道行く人が、「巡礼路はこっちだよ」と教えてくれます。その声に促され、背中を押され、徒歩の道に迷い込んでしまいました。
巡礼の道に入るといきなり激坂に出会いました。こうして30キロあまりの自転車と荷物を押し上げながら巡礼の道を歩くことになりました。
次第に高度が上がっていきます。途中宿で出会ったブラジル人の二人ずれと再会ししばらく一緒に歩きました。
長い坂道が堪えたのか左足のふくらはぎに肉離れが起きましたが、水を飲み足を屈伸して前に進みました。
高度が上がり、空が曇ると気温が下がってきました。移動販売車で食べ物を買って食べているとき全身に震えが来ました。汗冷えで体温が急激に低下したようなのです。慌ててウィンドブレーカを身につけましたが、鼻水があふれるように出てきました。
ピレネー山脈の尾根が近くなったところで舗装路から右折し田んぼのような道を進む場面に出くわしました。どろんこになるのは嫌だなと思って、左側の舗装路を進みました。
すると巡礼路からどんどん離れて行きます。MAPS・MEというGPSソフトでパンプローナを目標にすると、尾根の山道を下れと出ました。最初こそ四輪の轍があったのですが、下っていくうちにそれがバイクの轍になり、ついに道が消えてしまいました。
尾根から広がる牧場の中に迷い込むと、行き先を牛に遮れられ、あっという間に牛に囲まれてしまいました。言いようのない恐怖を味わいながら道なき道を、自転車を押しながら牧草の中を駆け下りました。農家のあるところに出るとその先は舗装路になっていました。自転車をこぎ始めると左の太ももに強烈な肉離れが起きてしまい、1時間あまり休憩を余儀なくされました。
本来の巡礼路に戻りたかったのですが、夕闇が迫っていたので見かけたガソリンスタンドに立ち寄り、スペイン語で四苦八苦して近くにある宿を教えてもらいました。それが「アリベのホテル」でした。
アリベのホテルの女将さんは親切で汚れた衣類の洗濯を無料でやってくれました。夕食のとき女将さんがメニューの説明をしてくれるのですが、意味がわかりません。困っていると女将さんが、「メ~メ~」と言うので「羊の肉」だと分かりました。それで私は、「モ~モ~」にしてくれとお願いしました。ナバラ産の牛ステーキは堅いのですが、肉汁が美味しくガムのようにかみながら完食しました。
6 パンプローナからプエンテ・デ・レイナまで
翌朝5月17日、6ユーロ払って9時のバスに乗り一路パンプローナに向かいました。深い谷間から平原に出る景色を2時間余り楽しむとパンプローナに到着しました。
パンプローナのバス停は地下駐車場にありました。自転車を縦にして小さなエレベーターに乗って地上に出ると、駐車場の上は大きな公園になっていました。
公園を右回りに自転車で10分くらい走ると、「オレンジ」という携帯電話のお店が見つかりました。そこで1.5ギガで10ユーロのSIMカードを購入しました。これでスマホやグーグルが使えるようになりました。
公園に戻って巡礼路を検索していると、若い男性が巡礼路まで案内するよ、と申し出てくれました。ありがたかったですね。
ホタテ貝のマークを頼りに巡礼路を走っているときハッとしました。この先の道は自転車では大変とブログにあったことを思い出したのです。それでグーグルで自動車道を選択して進むことにしました。するとグーグルが高速道路へと案内するのです。高速道路に入って慌てて引き返すという失敗を何度も繰り返しながらプエンテ・デ・レイナという町にたどり着きました。
プエンテ・デ・レイナの道路脇のアルベルゲは1泊5ユーロと格安でした。ベッドを確保するとベッドに寝袋を広げ、貴重品をビニール袋に入れ、それをS字フックでシャワールームのドアにひっかけ、シャワーを浴び、洗濯したものを裏手にある物干しにかけると、町の散策に出かけました。バルに入りビールとタパス(つまみ)を飲み食いし、夕食に巡礼メニューを食べると、なんだか一人前の巡礼者になれた気がしました。
7 サイクリストが陥る罠
巡礼路は基本的に徒歩の人を基準に整備されています。巡礼路と一般道を行き来するサイクリストにとっては進路維持が大変です。グーグルやMAPS・MEの検索で徒歩や自転車を選ぶと、何故か巡礼路を選択してしまいます。坂道の厳しい巡礼路を避けようと自動車を選択すると、こんどは高速道路に誘導されてしまいます。何度も高速道路に迷い込みましたが、その一因には道路標識がありました。図のような赤丸の意味が分からず、赤○があるのはオーケーなのだと早合点してしまったのです。高速道路の外柵側にいる人や自動車の運転手に注意されやっと気がつく有様でした。
メセタの平原に入るところで巡礼路を走っているとき、あまりにも人の姿を見かけないので、不安になり道を外れることがありました。サイクリストは時として道を間違う「罠」に陥る可能性があるような気がします。地図を携行すべきだったと反省しきりです。
毎日午後3時頃まで走っていたので洗濯物が乾かないことがたびたびでした。翌日は洗濯物を荷物の上にくくりつけ乾かしながら走るのですが、乾きがよくありませんでした。走るべきか、洗濯すべきか、を選択する「罠」が待っていました。
8 坂の先には坂がある
ピレネー山脈越えは山道なので驚くことはありません。でもパンプローナから先も坂、坂、坂、と坂が続きました。上り坂は長く感じます。ですが下り坂はあっという間に終わってしまいます。
ドイツの詩人カール・ブッセの詩に、「山のあなたの空遠く、幸いすむと人の言う」という一節がありますが、「幸いなんかあるものか。そんなの嘘、ウソ、うそに違いない」と思い、失意落胆しないように、「坂の先には坂がある」と覚悟するようにしました。
メセタの平原は緩やかな坂があるのみで、1日111キロ走ることができました。でもそれは1日のことに過ぎませんでした。メセタの平原を通り越すとまた「坂、坂、坂」が待ち受けていました。
9 自転車のトラブル
自転車のトラブルですが、まずプエンテ・デ・レイナのアルベルゲを出発するところで①パンクに気がつきチューブ交換をしました。
次に坂道でギヤチェンジを頻繁に繰り返したためか、ギヤがローに入らなくなりビアナというところで②変速装置の調整をやりました。
ログローニョの先のナヘラ付近を走っているとベース・ブラケット(B・B)というクランク軸の③ベアリングから異音が出るようになりました。修理する自転車店を探しながら40キロ走りましたが見つかりません。1泊して50キロ先のブルゴスの町を目指すことになりました。
ブルゴスに到着した5月20日は日曜日で自転車店はすべて閉店でした。シエスタと日曜日の閉店はロスタイムを生じるので困りました。
翌朝午前10時の開店と同時に自転車店に入りB・Bのベアリング交換と変速装置の調整をお願いしました。自転車の修理代は50ユーロあまりでした。部品代プラスアルファの安さに驚きました。巡礼者に優しいスペインでした。
イラゴ峠からの下りは急坂が長かったのでブレーキパッドがみるみるすり減ってしまいました。ポンフェラーダという麓の町で自転車店を探し、④ブレーキパッドの交換をお願いしました。前後交換して10ユーロとこれまた部品代にもならない破格の料金でした。巡礼者割引に感謝です。
最後にパラス・デ・レイからサンチャゴに向かう途中に自転車の⑤サイドスタンドの取り付けネジが根元から折れてしまいました。スタンドはがっちりしたものがお勧めです。
以上が経験した自転車のトラブルです。
10 巡礼路の景色(スライドショー)
この後は道中に撮影した写真を撮影順にご紹介したいと思います。(略)
11 マドリード滞在8日間
サンチャゴ・デ・コンポステーラに着いたら自転車を国内に送り返す予定でした。ところが郵便局で確認すると、国際輸送はやっていない、と断られてしまいました。仕方なくマドリードまで自転車をバスで輪行することになりました。現地の人々は前輪を外し大きなサランラップで車体に固定する至って簡単な方法で輪行していました。
6月に入りいよいよ帰国の準備をしなければならなくなりました。最大の課題は自転車の梱包でした。梱包材料をマドリード市内で探し歩きましたが見当たりません。日本のような「ものを包む文化」がないように感じました。自転車を売却することも検討しましたが、電動自転車が安く借りられるので買う人がいないと宿の人に言われました。最終的には宿に自転車を預け無料で処分してもらうことにしました。
12 お役立ちグッズ
今回の旅で便利だった商品をご紹介します。
寝袋は小さくパッキングでき軽くて暖かいモンベルの製品が役に立ちました。
スペインのトイレにはシャワートイレがありません。持参したポータブルお尻洗浄機は、お湯を入れることができ、USBで充電できるのでとても便利でした。
自転車用の靴ですが、サイクル用だと歩きにくいので登山用で雨に強いローカットの登山靴を使用しましたが、間違いなかったように思います。
次に充電関係ですが、現地で買い求めた220ボルト仕様のC型プラグUSB充電器2口用がお勧めのように思います。この充電器には1アンペアと2アンペア用のコネクターがあるのでUSB機器を持ち歩くときは軽くて便利間違いなしです。
最後に下着類ですが、昼過ぎの早い時間に宿に着けば洗濯物が乾いてくれるのですが、午後2時以降に宿に入ると洗濯物が生乾きの状態になります。これを避けるにはできるだけ乾きやすい下着がベストです。男性であればスポーツ用のサポーターやメッシュの肌シャツが乾燥に向いているような気がしています。
※ 茶話会では百円ショップのマイクロファイバー・フェイスタオルもお勧めと紹介しました。モンベルも同じような商品を出しています。しっかりしてますが1400円くらいします。
13 感想
最後に感想を述べさせて頂きます。
(1) 14日間で800キロ走破し計画通り1日平均約60キロ走れました。
1400メートルのピレネー山脈の峠、1530メートルのイラゴ峠、1320メートルのオ・セブレイロ峠越えは苦しくつらい思いをしましたが、達成感を十分味わえました。
(2) 物価が安く旅を楽しめました。
25日間で旅費が約20万円、滞在費・食事代が約20万円程度となりました。マドリードの滞在8日間をもっと短くすればもっと安く旅ができると思います。
(3) 現地の人々はスペイン語で話しかけると好意的になってくれました。
(4) スマホ頼みで行動したのですが、やはり地図は必要でした。
巡礼路を外れるとガイドブックでは対応できず、スマホでは常時確認できず地図の必要性を再認識しました。
(5) 出会った人は親日的で皆親切でした。
(6) 治安面に不安は感じませんでした。
道中スリに遭わず、泥棒や盗難に類する事件を見聞きする機会もありませんでした。大都市を除けばスペインは日本並みの治安と言えるのかもしれません。
結論として、「Quiero volver a visitor el Camino Francés」もう一度行きたくなるのがフランス人の道」と言うことになります。「Gracias por su amable atención」ご清聴ありがとうございました。
※ 追記
初めての海外サイクリングでは、帰国時の飛行機輪行用の梱包材を見つけられず、マドリードで自転車を廃棄することになりました。いろいろネットサーフィンした結果、帰国時の自転車の輪行について一つの結論がわかりました。
往路は自転車を保護するために「段ボール箱」で空輸し、帰国時は自転車が壊れることを覚悟し「輪行袋」を利用するというものです。
「欧州自転車紀行」というブログに記載されていました。著者は、スペイン、フランス、スイス、オーストリア、オランダなど欧州各地をサイクリングされた方です。そういう経験豊富な方の意見なので納得できる気がします。輪行袋が擦り切れ、自転車が多少破損することを覚悟して、次回の海外サイクリングでやってみようと思います。帰国後飛行機輪行で破損するであろう自転車を修理する楽しみが増えると思えばワクワクしてきます。














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